真実告知③〜養子だとわかり納得したこと

私が両親から「実は養子だった」と真実告知を受け、人生の中で感じてきた疑問に対して「養子だったから」と答えることで全ての辻褄があい、自分の中で腑に落ちました。

今回は私が何に疑問を感じていたのか、お話していこうと思います。

①私の名前の命名書が無かった

命名書とは、子供が生まれお七夜の時に使われる名前が書かれた紙のこと。

母親の実家は本家でこれまでに生まれた子供たち全員の命名書が残されていたんですが、私の命名書だけがないんです。

どうして?と母に尋ねたら、「おかあさんはお嫁に行ったからここ(母親の実家)には無いの」という回答でした。

父方の実家に行くも私の命名書は無い。しかし、父方の実家には父の命名書も、父の兄の命名書も、従兄弟の命名書もなく、「私も命名書もあったんだろうけど、仕舞われたんだろうな」程度にしか思っていませんでした。

②親戚で集まった時に私のことを知らない人が多い

冠婚葬祭など親族一同が集まる場合、私に対して「えっと…、誰だっけ?」という機会が多かったと思います。

「誰だっけ?」と露骨に言う人は少ないですが、同い年くらいの従兄弟が「○○ちゃん大きくなったね〜」と言われるのに対し「久しぶりで名前覚えていないな〜」と言われ、すかさず母が「さちこです」という機会が多かったと記憶しています。

「なんであの人、さちこのこと知らないの?」と母親に聞くと、「さちこは秋田市で生まれて秋田市に住んでいるからだよ」とよく言われていました。

(※母親の実家と私が生まれた街は同じ秋田県ですが、違う市町村なのです。)

今思うと他の従姉妹も秋田市に住んでいたので、「さちこは秋田市に住んでいるからだよ」も親戚が私だけを知らない理由にはならないですね…。笑

③母子手帳をみたことが無い

小学校4年生の時に「1/2成人式」と題して、これまでの10年間を振り返ろうという授業がありました。

各々のこれまでの生い立ちを年表にし、授業参観の時にご両親の前で発表しよう!という企画。

この企画の為に皆それぞれの10年間を振り返るんですが、私だけ材料が薄かったです。

周りの子は皆母子手帳を持ってきて「私は○グラムで生まれたんだ」とやっていました。中にはへその緒を持ってくる友達も。

私も母親に聞いてみましたが、「引っ越しした時にどこかに行ってしまった」と言われ、それっきりになりました。

私の周りの友人も結婚し、子供を産んだ人もいますが、皆母子手帳を大切に保管しています。

私も自分の母子手帳、見てみたかったなぁ・・・。

ちなみに母親からは「16:33に3,600gで産まれた」と聞かされていますが、それもきっと違うと思います・・・。

④姓名判断の結果が悪い

これまた小学生の頃に友達の中で流行った姓名判断。

私だけ何回やっても名前が『凶』なんです。

「お父さんとお母さん、名前つける時に字画とか見ないのかぁ…」と思いましたが、あまり気にしていませんでした。

今試しに本当の名前で診断してみましたが、これまた『凶』…。

どっちにしろ凶なんですね。笑

⑤私だけ髪質・肌質が違う

私、天然パーマ(くせ毛)がひどいんです。

今は縮毛矯正をかけているので人並みな髪型をしていますが、矯正を当てなければクシも通らないくらいのくせ毛です。そして栗色。

対する母親はパーマをかけてもかからない程の黒髪で直毛。

父親は私が物心ついた頃から髪の毛が薄かったのでわかりませんが、残っている髪を見る限り天パでは無さそうです。

また近親者の中で天パの人は居ませんでした。

母親は「父方のおばあちゃんが天パだよ」と言っていましたが、晩年養護施設に入りきちんと整えられたおばあちゃんはいつ見ても直毛でした。

 

肌質については、母親はとても肌が弱く、敏感肌の乾燥肌のアトピー。父親は若かりし頃、常にニキビで悩んでいたそうです。

対する私は全く肌で悩んだことがないタイプです。

肌質が遺伝するのかはわかりませんが、今思えばこれも養子であり、育ての親の血を受け継いでいないからこそだと思います。

 

と、こんな具合にいろいろ不自然な点は多く感じていました。

しかし、母親がうまくかわし、私も素直にそれを受け入れて居た為深く考えることはしませんでした。

「養子だったから」と当てはめて考えると全て納得のいくものばかりです。

幼少期の私、素直すぎて可愛いなと自分でも思います・・・。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。