わたしの妊娠・出産について1

子ども嫌いだった私

妊娠・出産の話題を始める前に、私が以前子ども嫌いだった話をしたいと思います。「子ども嫌い」だなんて自慢する話でも、堂々と人前で話をするものでもなくて恥ずかしいのですが・・・。

自身の境遇を知る前から(知ってからも)私は子どもが苦手で、赤ちゃんや小さな子どもを見ても“かわいい”と思うことが出来ませんでした。学生時代に一番仲の良かった友人は子どもがとても好きな人でした。その子と一緒にいる時に子どもと出会うと、友人はとても喜んでいました。そんな友人を見ては「私はどうしてこんなにも子どもに嫌悪感を持っているんだろう」と私自身何か女性としての本能的な何か欠陥でもあるのではないかと本気で心配したことがあります。

子どもを愛おしそうに抱く母親のシルエットだけでも「無理だな」と思ったり、泣いている子どもを見ると「泣けばお母さんにかまってもらえると思って・・・」とやさぐれていました。

子どもの頃の記憶が無い?

過去に「自分の幼少期を振り返ろう!」というワークをした時に「あれ、私って記憶喪失にでも遭っている・・・?」と思うくらい幼少期の頃の記憶がほとんど無いことに気づきました。あってもあまり良い思い出のものはなく、楽しかった記憶はあまりありません。30年も前のことだから覚えていないものなのかな、と思っていましたが一緒にワークをやった仲間は幼稚園のお遊戯会のことや小学校の入学式のことなど覚えていて「どうして覚えていないんだろう」とやはり不思議でした。

その後母に幼い時の話を聞いたり、写真を見せてもらいましたが、いまいちピンと来ませんでした。

覚えている一番幼い時の記憶は小学校2年生の国語の時間のスイミーの授業の時です。(この日は授業参観で母親が来てくれたのですが、「授業中に発表しなかったから」と夕食の前に怒られたのを覚えています)それ以前の記憶はほとんどありません。

楽しかった!よりさみしかった!が多かった子ども時代

思い返してみると子ども時代は「楽しかった記憶」よりも「さみしかった・悲しかった記憶」の方が多かった気がします。

幼稚園に行くのも母と離れるのが嫌で毎日泣きながら嫌々登園したり、夜になるとお母さんがどこかに行ってしまうんじゃないかと怖くなったり(特に救急車の音が鳴ると“お母さんが連れ去られるのではないか”と怖くなった記憶があります。)母は夜に私を一人置いてでかけたことは一切ありません。ですが、「一人になってしまうのかも」という恐怖は常にありました。

いつの日だったか、一人で遊んでいるといつの間にか涙が溢れて来て母に「お母さん、私悲しくないのに涙が出てる。止まらない」と抱きついたことがあります。母は驚きながらも「どこか具合でも悪いのかも知れないから寝なさいね」と言ってそのまま昼寝をした記憶があります。

私は一人っ子だったので一人で遊ぶ時間が多く寂しかったと思っていたのですが、もしかしたら何か違う恐怖を感じていたのかも知れませんが今となっては分かりません。

結婚したら子どもなの・・・?

このように他の人の子どもに対しても、自分の幼少期に対してもあまりいい印象が無かったため、結婚しても子どもを持つことに前向きな気持ちになれませんでした。

私が子どもに対して良いイメージを持っていないこと、子どもを設けることに前向きになれないことは主人に以前から話をしており、主人も「肉体的にも精神的にも負担が大きくなってしまうのは女性だから、前向きな気持ちになれないなら無理する必要はない」と言ってくれてしばらくは夫婦2人の時間を過ごしていました。

とはいえ周りからの無言の(無言じゃない人も居たけれど)プレッシャーもあり、「結婚したら子ども」という考えが頭のどこか片隅にあり、自分も「いつかは子どもを産んだりするのかな」とぼんやり考える機会が増えました。

実際に子どものことを考え始めたのは友人の「いつか子どもが、と思うならきっと欲しいんだよ。さちこは年齢も割といっているから“いつか”と思うならせめて体調を整えるくらいはしたほうがいいよ」というアドバイスからでした。「準備が万全になったら都合よく妊娠するとは限らないし、赤ちゃんが来た時が“いつか”なんだよ」とのことでした。

再度主人と話し合いの場を設け、子どもについてお互いの気持ちを共有し合いました。

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